大判例

20世紀の現憲法下の裁判例を掲載しています。

福岡高等裁判所 昭和41年(ネ)751号 判決

主文

当審における訴の変更による控訴人の請求を棄却する。

訴訟費用は第一、二審とも控訴人の負担とする。

事実

控訴代理人は当審における訴の変更により「被控訴人は控訴人に対し金一〇万〇、七四六円とこれに対する昭和四二年三月二四日から完済に至るまで年五分の割合による金員を支払え。訴訟費用は被控訴人の負担とする」旨の判決と金員支払請求部分に対する仮執行の宣言を求め被控訴代理人は当審における控訴人の新請求につき「控訴人の請求を棄却する。訴訟費用は控訴人の負担とする」旨の判決を求めた。

当事者双方の主張と立証は、左記のほかは、原判決事実摘示のとおりであるからこれを引用する。

一  控訴人の主張

(一)  控訴人は原審において請求異議の訴を提起して被控訴人の強制執行を阻止しようとしたが、被控訴人はこれに応ぜず、昭和四一年一〇月二〇日原審が確定判決に付与される既判力の理論で控訴人を敗訴せしめたところ、一旦停止されていた前示強制競売手続の続行を申立て、その後の控訴人の不当執行取下の警告を無視してこれに応じようとしなかつたので、控訴人は止むなく競売期日も旬日に迫つた昭和四二年三月二四日被控訴人に対し、前示確定判決主文の請求金額一三万六、四八六円を支払つて前示強制競売の申立を取下げさせた。もつとも被控訴人は同月二七日控訴人に右金員中三万五、七四〇円を返還したので控訴人が実際に支払つた金額は一〇万〇、七四六円となつた。

(二)  右によつて明らかな如く、控訴人は被控訴人による確定判決の不正取得、及びこのような形式的な確定判決を不正に利用した悪意又は過失ある強制執行によつて前示一〇万〇、七四六円の金員を支払わざるを得なかつたものであるから、これは被控訴人の訴訟上及び強制執行上の不法行為によつて金一〇万〇、七四六円の損害を受けたことになるのである。よって、右損害の賠償として被控訴人に対し右金員とこれを控訴人が被控訴人に支払つた日の翌日である昭和四二年三月二四日以降完済まで民事法定利率年五分の割合による金員の支払を求める。控訴人は当審において訴の交換的変更により以上のとおりその主張を改める。

二  被控訴代理人の主張

控訴人の当審における主張事実中、控訴人が請求異議の訴を原審に提起して敗訴したこと、停止されていた強制執行が続行され昭和四二年三月二四日被控訴人が控訴人から一三万六、四八六円の支払を受け、同月二七日三万五、七四〇円を返済し、差引金一〇万〇、七四六円の支払を受けたことは何れも認めるが、その余の点はすべて争う。被控訴人が右返済をなしたのは、控訴人から昭和三八年五月弁済を受けた金三万円を失念して請求していたので該金額及びこれに対する昭和三八年五月三一日から昭和四二年三月二四日までの年五分の割合による利息相当金額の返済をなしたものである。なお、被控訴人が原審で主張した詐欺を理由とする和解契約の取消の意思表示を控訴人を代理する古木金輔に対してなしたのは昭和三九年八月中旬頃である。

三  当審における証拠(省略)

理由

一  本件訴訟に至る経過として、原判決理由第一に記載してある当事者間に争いない事実は当審においても同一であるから左記付加をなしたうえ右理由部分を引用する。原判決五枚目裏四行「係属し」の次に「その第一回口頭弁論期日が同年九月一日と指定され」を、同九行「同年九月二二日」の次に「に口頭弁論期日が変更され、当該」を各々加える。

二  控訴人は被控訴人が前示確定判決に基き控訴人所有の不動産についてなした強制執行を排除するため原審に請求異議の訴を提起したが、昭和四一年一〇月二〇日敗訴となり、一旦停止されていた強制執行が続行されたこと、昭和四二年三月二四日、控訴人は被控訴人に前示確定判決主文に表示された請求金額一三万六、四八六円を支払い、被控訴人のなしていた前示強制執行の申立は取げられたこと、同月二七日被控訴人は控訴人に対し前示支払金員中三万五、七四〇円を返還したので、控訴人が実際に被控訴人に支払つた金員は一〇万〇、七四六円となることは何れも当事者間に争いがない。

三  被控訴人は、昭和三九年七月三一日当事者間は成立した和解契約は、控訴人を代理する古木金輔が「訴訟を続行すれば、さきに担保として提供してある一二万円は訴訟費用として取られてしまうから一五万円の和解に応じた方がよい」旨虚偽の事実を告げたので、これを信じて和解に応じたのであつたが、右は古木の詐欺行為であるから昭和三九年八月中旬頃、詐欺を理由として控訴人を代理する古木に右和解契約を取消す旨の意思表示をなした旨主張するので以下この点につき判断する。原審証人福田一義、当審証人岩永政夫の各証言、原審及び当審(一、二回)控訴本人尋問の結果は右主張事実に符合する部分もあるけれども、以上は原審証人古木金輔の証言と対比して直ちに信を措きがたく、寧ろ、前記古木金輔、岩永政夫の各証言によれば、右和解に際して古木は被控訴人に対し「裁判を続行すれば経費もかかることゆえ和解した方が得策ではないか」と云つて被控訴人を説得したに止まることが認められ、同事件程度の訴額の訴訟において、右古木の言動に格別異常ないし非難さるべき点はなくもとより民法九六条所定の詐欺行為に該当するものということはできないばかりでなく、被控訴人がその主張する如き取消の意思表示を古木に対してなしたという点も必ずしも確認しがたく、何れにしても被控訴人の前示主張はその理由がないものというべきである。

四  ところで前示争いなき事実と成立に争いない甲第四号証の一ないし六、第五号に原審証人古木金輔、原審及び当審証人若松マツエの証言、当審被控訴本人尋問の結果(一、二回)を総合して前記和解契約が成立した後の前訴の経過を更に考えてみると以下の事実が認められる。すなわち、被控訴人は、前記和解契約が成立して控訴人を代理する古木金輔に前訴の取下を約したにも拘らずこれを履行せず、同訴において被控訴人を代理した清川弁護士にも右和解契約の成立を伝えなかつたため、同弁護士は昭和三九年八月二五日前訴の係属した長崎地方裁判所佐世保支部にさきに指定された同年九月一日の口頭弁論期日の変更申請を行い、これを受けた同裁判所は八月二六日さきに指定された第一回口頭弁論期日を同年九月二二日午前一〇時に変更する旨の決定をなし(同決定はその頃控訴人に送達されたものと推認される)、同日午前一〇時同裁判所において前訴の第一回口頭弁論期日が開かれたが、被告である控訴人の出頭なく、原告代理人による訴状並びに請求の趣旨及び原因訂正申立書の陳述がなされただけで結審となり、次回判決言渡期日が同年一〇月六日午前一〇時と指定され、同日同裁判所で判決の言渡があり、その頃判決正本は被告である控訴人に送達されたものと推認される。そして前示証拠によれば、控訴人が前記変更された昭和三九年九月二二日午前一〇時の口頭弁論期日に出頭しなかつたのは、さきに古木金輔を介して被控訴人と和解契約を締結し、金一五万円を支払い、被控訴人において右和解契約の翌日である同年八月一日訴の取下を約したことによるものと認められる。然しながら、右の如く同裁判所から控訴人に対して第一回口頭弁論期日の変更決定の通知がなされている以上控訴人には被控訴人によつて右訴の取下がなされていないことは明らかな筈であり、また控訴人が右期日に出頭することをことさら被控訴人によつて妨げられたというが如き事実は控訴人の何ら主張立証しないところである。そして本件弁論の全趣旨によれば若し控訴人にして同期日に出頭し、和解契約成立の抗弁を提出したとすれば、おそらくは被控訴人において詐欺を理由として該契約を取消す旨の再抗弁が提出されてかかる事実の存否をめぐつて当事者間に訴訟上の攻防がなされたであろうことが推認されないではないのである。

五  次に、控訴人は前示判決の確定した事情として、右判決正本の送達を受けたので事の意外なのに驚き、被控訴人にその不当をなじつたところ、「印鑑を他人に預けて手続一切を任せていたところ、手違いを生じて申訳ない。別に心配に及ばない」旨の回答を得たので控訴手続をとることをしなかつた旨主張するので、以下この点につき判断する。成立に争いない甲第五号証に原審証人杉谷高義、古木金輔、原審及び当審証人若松マツエの各証言を総合すれば、当時三重県桑名郡長島町萱町一一三番地に居住していた控訴人は、右判決の送達を受けたので、さきの和解契約締結の際に尽力して貰つた杉谷高義に手紙で被控訴人の意向を問合せたところ、杉谷は和解は古木金輔によつて締結されたものであることから、同人に被控訴人方に行つて交渉して貰うよう依頼し、古木においてその頃被控訴人に前訴の取下方を申込んだところ、被控訴人は何か「ぐちやぐちや」云うだけで要領を得なかつたが、被控訴人の夫にあたる岩永政夫は被控訴人を廊下に呼び出し訴訟の取下げをすすめていたことが認められる。

然しながらその際、被控訴人が古木に訴訟の取下げを確約したり、或いは爾後前示判決を控訴人に不利益に使用しない旨の約定をなしたとの点については、これに符合するかの如き甲第三号証(杉谷証言によつて成立を認定)や前示杉谷高義の証言は、何れも古木からの伝聞に属し、古木証人の証言にさような事実が窺われない以上採つて以て右主張事実認定の資料に供し難く、従つて同じく前示若松マツエの証言も採用しがたいものというべきであり、他に右事実を認めるに足りる証拠はない。

六  さて、以上の点に鑑みると、被控訴人と控訴人との前示確定判決は当事者間に有効に確定していることは疑がなく、控訴人は確定判決のもつ既判力の作用により、前訴の口頭弁論終結日たる昭和三九年九月二二日以前の状態に遡つて同判決に表示された被控訴人の控訴人に対する請求権の不存在を主張することはもはや許されず、右請求権は再審事由に基いて前示判決が取消されない限り、右標準時において当事者間に不動のものとして確定されているといわなければならない。そうすると、右の如く有効なる確定判決に基く強制執行をもつて違法ということはできず、右確定判決に基く強制執行の違法であることを前提とする控訴人の本訴請求はその余の点について判断するまでもなくその理由がないというべきである。そうすると本訴請求は失当であるからこれを棄却することとし、民訴法八九条九五条を適用して主文のとおり判決する。

自由と民主主義を守るため、ウクライナ軍に支援を!
©大判例